ビックデータとは
業界内は激しい競争をしているのに、業界の外に対して統一して新しい流行語を発信している。こんな業界はIT業界くらいだろう。「クラウド」は2006年、「ビックデータ」は2011年から一般に広がっていることを考えると5年周期くらいで新しい言葉を生み出している。最近は「ビックデータ」という言葉を使ってセミナーやプロモーションを打つIT企業が多くなっていて、データ分析をする人たちのことを「データサイエンティスト」とかっこよく呼ぶほどの過熱ぶりである。その目的は今まで蓄積されたデータを分析し、ビジネスで活用するための黄金の法則を見つけ出すことにある。
「ビックデータ」のもともとの意味は、言葉のまま多量のデータの集まりということだが、技術的な要件から生まれた言葉という側面が大きい。「ビックデータ」という言葉の出現以前も、データ分析の仕組みを表す言葉として「BI(Business Intelligence)」とか、もう少し前だと「DWH(Data Ware House)」という言葉が使われていた。
ビックデータを活用している企業
では、それら「ビックデータ」を実際のビジネスに結び付けている企業はどれほどあるのだろうか?
こういった問いにいつも引き合いに出されるのは、AmazonやGoogleなどのWebサービス事業会社である。Web上では会計システムなどから発せられる数値や文字列といったデータだけでなく、文書、音声、動画といったマルチメディアのデータも含まれるため、データ量は膨大なものになっている。Amazonや楽天では、会員データ、購買履歴、クリックストリーム(サイト内での顧客の動き)などのデータからリコメンデーションを提示し、会員個々に購買意欲を高める情報提供を行っている。Googleは、検索やコンテンツの利用によって蓄積した膨大なデータを基に広告ビジネスを行っている。また、Facebookでも膨大な会員データを基盤とした広告やソフトウェアの販売などで収益を上げている。
これらの企業で「ビックデータ」を有効に活用していることは容易に理解できるところだが、Webサービスとは直接関係の無い事業、その中でも特に中堅、中小企業では「ビックデータ」を使う意味があるのだろうか?
結論から言うと、企業によってデータの種類や量、収集の頻度やタイミングは違う。そのため、「ビックデータ」が必要な企業もあれば、扱うデータ量が少なく「ビックデータ」とは縁遠い企業も存在する。しかし、蓄積されたデータを分析し、ビジネスに活用するための黄金の法則を見つけ出そうとする試みは昔からいろいろと行われている。ウォルマート社では、ビールと赤ん坊のオムツを同じ売り場で販売することで、若い夫婦からの売上を伸ばしたという有名な話がある。
データを活用し判断するのは人間
ところが、そもそもの話、たとえ少ないデータ量であっても、発生するデータを定期的に分析し、ビジネスに有効に活用している企業がそれほど多くないのが実態だ。
それに、収集するデータ量が増えたからといって分析の品質が高まるわけではない。調査対象に関係ないデータを一括りにすると、分析には邪魔なノイズのデータになるだけである。それに、データ本来の意味が理解できていなければ、分析対象同士、勝手に意味付けをしてしまうということもありえる。たとえば「桶屋が儲かるためには風が吹けばいい」と導かれてしまうことがあるかもしれない。それに、相関関係と因果関係を読み間違えることもある。「社内教育に経費や時間を多くかける企業は業績がよい」のか、「業績のよい企業には社内教育に回せる資金の余裕がある」のかどちらなのかは簡単に判断が下せない。
このような事柄について、機械が勝手に答えを返してくれるわけではなく、数学やITが得意な人がこれらの事柄に対して的確な判断を下してくれるということでもない。先のウォルマート社の例で言えば、データだけでなく、売り場にいる若い男性客の動静を見ることで「若い夫婦、特に男性はビールとオムツを一緒に買っていることが多い」という仮設を立てる人材がいて、それを実証するデータを合わせて初めて価値ある法則として輝きを得るのである。何をどのように分析すればいいのか、それに分析された結果を見て、現実世界にどう活かすのかは機械でなく人間の考えだ。
ビックデータ導入の前に大切なこと
まず大切なことは「ビックデータ」を導入することではない。分析対象をよく観察することと、客観的にデータを見る目を持つことである。更に加えるなら、データをビジネスに活用するために何かアイデアを考えようとする姿勢である。その後のステップとしては、今まで死蔵していたデータ資産を調査し、見過ごしていた大切な資産を発掘することだ。それでも不足するデータがあれば、収集する手段や収集するタイミングを考えねばならない。それらが揃って初めて、情報を蓄えるサーバーや分析のためのソフトウェアを確保する必要性が生まれる。その時になって「ビックデータ」導入の要否を考えればよい。
そもそも大切なことは、経営者、ビジネス部門、IT部門すべてがデータの重要性を理解して、それぞれの立場から客観的なデータに基づいて論理的に話を進めようとする「企業文化」の構築だ。
「愚社は経験から学び、賢社は事実(データ)から学ぶ」のである。