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SMECアイ−診断士の視点−ESSAY

21世紀の資本
                              中小企業診断士 古野健治

ベストセラー

 フランスの若い経済学者トマ・ピケティの著書「21世紀の資本」が、欧米で異例のベストセラーとなり、2014年10月の日本協同組合学会の席でも話題になった。その日本語版が2014年12月に出版され、ジュンク堂三宮店でも専門書コーナーのベストセラー第1位の棚に並べられていた。発売と殆ど同時に関連解説本やピケティ特集雑誌など数種類が出版されたことにも驚かされた。資料を含め700頁、5,000円を超える専門書が多く売れるのも珍しいという。
 この本の内容は、英米仏日など先進諸国の過去200年間の歴史の中で、富がどのように分配されたかを、各国の税務資料などで実証的に考察したものである。ピケティの分析によると、この間の資本主義は「富の格差」を拡大させ続け、「資本収益率は勤労所得増加率を常に上回り続ける」とのことである。例外は第1次世界大戦後から1970年代初頭の約60年間で、この時期は2度の大戦で富裕層の資本が破壊され、戦費調達のため累進的所得税等が導入され、戦後は労働組合の力が強まり、格差は縮小し、高い経済成長率を達成した。
 しかし1970年代後半から所得格差は再び拡大し、日本も90年代以降格差が拡大を続けている。欧米がピケティの仮説に衝撃を受けたのは、自由な資本市場は放置すれば格差を拡大させ続け、その結果は健全な社会システムを崩壊させることがデータで実証されたことにある。富裕層・支配層の倫理感の崩壊はすでにその兆候を顕在化させている。

ナッツリターン騒動

 2014年12月のもう1つの事件は大韓航空でのナッツ騒動である。財閥の令嬢の傲慢や人間観の下劣さを世間に示したということより、むしろ報道の中で明白になったのは、韓国の10の財閥が、国のGDPの76%以上を独占しているという異常な超格差社会の実態であった。アメリカなどでも事情は同じである。巨大企業を支配する富裕層は政府・官公庁と癒着し、恣意的に政策を操作している。リーマン・ショック時の「強欲資本主義」として非難を浴びた巨大企業の姿はまだ記憶に新しい。
 日本も同様である。2014年12月の「アベノミクス総選挙」では、大企業が儲かればその恩恵がやがて中小企業や地域に行き渡るという「トリクルダウン」なる虚言が横行した。大企業の2013年度の経常利益は60兆円という史上最高益を叩き出したが、勤労者の賃金は逆に0.6%減だった。巨大な内部留保を確保した経団連各社が安倍内閣に献金したがるわけである。総選挙の結果を受けて、政権は国民から政策遂行の白紙委任状を得た、と公言する。大企業の法人税は減税し、中小企業は逆に法人税を増税するという。地方は疲弊し,山村は孤立し、離島などの無人化が進行している。

株主資本主義の害毒

 1970年代から英米などで再び格差が拡大した背景に、シカゴ学派の異端児であったミルトン・フリードマンやスティグラーの存在がある。彼らは、経済的強者の「儲ける自由」を主張し、レーガン・サッチャー・中曽根らはそれを新自由主義として政治プログラムに作り上げ、その流れが今でも続いている。ブッシュ・チェイニー・小泉・竹中の時代、日米の富裕層は強欲性を強め、非正規社員など貧富の格差は拡大した。歴代の政権は、拠点労働組合の解体に向け、国鉄・電電公社・郵政などの民営化・分割に成功し、労組組織率は20%を割り込んだ。今後は日教組への攻勢に進むだろう。
 この時期の寵児は、株主資本主義の波に乗ったMHK(村上世彰・堀江貴文・木村剛)であった。3人とも結局逮捕されたが、その基調は今でも経済界の底流として続いている。村上世彰は、逮捕前に「ムチャクチャ儲けましたよ、そのどこが悪いんですか」と言い放ったが、フリードマンも同じことを言っていた。日本の節度ある老舗や商人道では許されない姿勢である。
 株主資本主義は、「経営者の目的は、短期的な株価の上昇と増配の極大化である」とし、重要経営指標として、ROE(純利益/株主資本)を掲げる。ROEを高める手段は、地道な営業努力ではなく、正規社員の削減、リストラ、生産の外注化,M&A、研究開発投資の忌避などの駆使であり、その結果資本家と経営者のみが莫大な利益を得る仕組みである。
 良心的な経済人の中には、こうした株主資本主義では社会は腐敗するとの懸念を持ち、公益資本主義を唱える向きもある。株主・顧客・従業員・地域社会などすべての利害関係者に貢献することで価値を高める、という考え方である。「富の分配の公平性」「企業の持続可能性」「技術革新など事業の改良・改善」が企業を腐敗から救うと言う。

診断士の自戒


 中小企業診断士の使命は、良品を製造する「モノづくり」の支援や、地域と共生する小商店やサービス業の支援などである。しかし、近年の企業内診断士の多くが大企業に属する社員である。大企業の組織文化に育つと、その発想やノウハウも大企業流に染まりがちである。中小企業に接するときに、無意識のうちに大企業流を押し付けることを「指導」と勘違いする場合もあるのではないか。自戒すべきことだろう。

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