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SMECアイ−診断士の視点−ESSAY

「こころ」と「気分爽快」と情報開示
                                    摩虎羅大将

夏目漱石の「こころ」

 夏目漱石の代表作「こころ」は、1914年、岩波書店最初の小説として発刊され、705万
部を超える、文学誌としては第一位の売上げを持つ、ベストロングセラーとなり、今も、読
まれ続ける名作である。連載の百年後の2014年、朝日新聞に再度連載されていた事も記憶
に新しい。本稿で論ずる為に、誠に不粋ではあるが、要約してみる。
 構成は、上・中の巧みな伏線から、下における先生の手紙(遺書)が主題である。手紙の
中の「私」(=先生)が恋していたお嬢さんに、「私」を信頼する、親友のKも恋をする。K
は「私」を信頼して、お嬢さんに恋する自分の心の悩みを打ち明けて、相談してくる。
 ところが、「私」は、自分もお嬢さんに恋しているという事実を隠し、Kがお嬢さんへの
恋心を諦めるよう誘導するために、Kの思想のロジックを使って、Kの恋心を非難する。
更に、Kを出し抜いて、お嬢さんの母親と交渉して、婚約してしまう。その上、うしろめ
たい気持ちに負けて、婚約の事実をKに伝えず、最小限の誠意を示す機会も見送る。
 お嬢さんの母から、お嬢さんと「私」の婚約を聞いたKは、その夜、自殺してしまう。
Kの死に悩んだ「私」も、結局、自殺するという、非劇的結末を迎える。

森高千里の「気分爽快

 ところで、「気分爽快」は、「こころ」の80年後の1994年、アイドルの森高千里が自ら
作詞して歌った、ビールのCMソングである。「飲もう〜♪今日はとことん盛り上がろう〜♪」
と楽しく、ビールが進むフレーズで有名であるが、実は失恋の歌である。親友と、同じ男性
に恋していた女性の主人公が、親友に、その男性と親友が結ばれた事を告白されて、
「飲もう〜♪」となる歌なのである。
 失恋で心が痛いのに、「気分爽快」と表現する台詞と題名は、逆説的であり、失恋の苦しい
心情に立ち向かう多くの男女の共感を得て、今でも愛され続けている好曲である。

「こころ」と「気分爽快」における三角関係の差

 「こころ」と「気分爽快」。どちらにも、親友2人で、1人の男性に恋をする三角関係から
カップルが一組成立し、1人があぶれるという、同じ状況がある。
 しかし、「こころ」では親友同士が傷つけあって、順番に自殺していってしまうのに対し、
「気分爽快」では、親友関係も守られ、カップルに祝福の言葉が贈られる。この2つ、
雲泥万里である。この違いはどこから生じているのであろうか。
 「こころ」において、婚約までの「私」の行動は、正々堂々とは、していないかも知れない
が、プロポーズが断られる可能性もあるし、愛ゆえの行動として、詫びることで、許してもら
える範囲のことであろう。Kにも、早く告白して、結ばれるチャンスもあったのだから、それ
は縁というものである。
 けれども、確定した婚約の事実を、Kに伝えなかったことは、Kの「私」に対する信頼に
応える誠実さを回復できる最後の機会を奪った、消極的でありながら、決定的な行動である。
 伝えるまでは気付かれていない事であるので、伝える事が、マイナスを生むように錯覚し
やすいが、自らが伝えない、という行動の不誠実性が、発覚したときに失う大きな信頼と、
自らが伝える事により、回復する信頼の両方を考慮に入れれば、ここは、人生において、勇
気を出すべき正念場である。
 「気分爽快」においても、彼と結ばれた親友が女性の主人公に事実を告白する時には、勇
気が必要だったに違いない。それがわかるからこそ、「ありがとう。ちゃんと話してくれて
♪」となる。
「気分爽快」は失恋の負け惜しみだけではない。「ちゃんと話してくれた」からこそ、「人生
だわ。これも巡り合いなのね」と諦める努力をスタートさせて、「不思議だね。気分爽快だ
よ。」と、ちゃんと強がりを言って、失恋の心痛と立ち向かえるのである。

情報開示の重要性

 経営者も、利害関係者に対して、必ずしも快くは思われない、言いにくい情報を、自分だ
けが先に持つことがある。だまっている今の状態より、情報を開示した状況のほうが、自ら
のプライドも含めて、明らかに、一旦はマイナスに見える。情報開示には心の力が要る。
 しかし、自ら選んで、マイナスの情報を開示する勇気を持つ事は、トータルで、利害関係
者と自らを守り、同じ心境の苦しさを理解できる人々から信頼を得ることができるはずで
ある。 


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