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SMECアイ−診断士の視点−ESSAY

地域アートと老舗企業
                            中小企業診断士  古野健治

北加賀屋プロジェクト

 昨年末の流行語大賞に選ばれたのは「インスタ映え」であったが、この数年こうした「インスタ映え」する街頭風景を求めて、大阪の住之江区の北加賀屋エリアを訪れる女性や外国人が急増しているらしい。
 この街に点在する国内外のアーティストによる「ウォールアート」(街角壁画)が彼らの狙いである。普通のブロック塀にさりげなく描かれた女性の体操選手の跳躍の姿や、カラフルに塗り分けられた車庫のシャッターを撮影しながら散策する人が増えている。
 大阪港につながる木津川沿いの北加賀屋には、かつて「名村造船所」があったが、廃業後は空き家や空き地が広がり、この街出身のタレント間貫平によれば「さびれた下町」であった。この街が変化し始めたのは、2007年に名村造船所跡が「近代化産業遺産」に認定されてからのことである。
 仕掛けたのはこの地に多くの土地を所有する不動産会社「千島土地株式会社」である。「廃墟のポテンシャルをいかす」というコンセプトでアーティストたちを呼び込み、「創造性あふれる魅力的なまち」に変貌させる様々な試みが展開された。造船所跡の芸術創造スペースやスタジオ、クリエイター居住のための「空家再生プロジェクト」や創造的集合住宅、都市型農園「みんなのうえん」、行政や中小企業を巻き込んだ「すみのえアートビート」やグルメイベント「すみしゅらん」の開催などである。
 なかでも2009年に「ラバーダック」という高さ9.5mもの巨大な黄色のアヒル風船を造船所跡の川に登場させ、世間に大きなインパクトを与えた。オランダのプレティン・ホフマンのこの作品のコンセプトは「アヒルは国境をもたない」であり、その後も世界の各地の港や川に登場している。

千島土地と百足屋

 この千島土地は、1912(明治45)年設立の老舗不動産会社である。戦後、GHQに所有地の多くを没収されたが、現在でも住之江区などに33万坪を所有し、西日本に60棟以上のビルやマンションを経営している他、海外にも展開している。「フローティングハウス」という水上住宅の開発なども注目され、航空機事業部門では世界各国の航空会社に数十機の航空機をリースしている。知る人ぞ知るユニークな存在である。
 その前身は、幕末から明治にかけて唐物商(貿易業)を営んだ「百足屋(むかでや)」という豪商である。経営者の初代芝川又右衛門は、当時の豪商番付では三井八郎右衛門や住友吉左衛門などと肩を並べていた。二代目になり、1878(明治11)年から不動産業に転じ、千歳新田(15万坪)、加賀屋新田(20万坪)、千島新田(18万坪)、さらに帝塚山や西宮の甲東園など大阪・兵庫での宅地開拓・経営を進めた。
 甲東園では数十万坪の広大な果樹園を経営し、近くに阪急電鉄が開通すると1万坪の敷地と資金を提供して駅を建設させたりした。この地に建てられた芝川家の別荘は武田五一の設計になる名建築で、現在では愛知県の「明治村」に移築されている。この別荘の居間では当時の宝塚音楽学校生の梓みちよも招かれダンスに興じていたという。茶室は大阪財界の密談場所でもあった。果樹園の一部は、現在は関西学院大学の敷地になっている。

関西最初の生協設立

 芝川又右衛門(二代目)は、日本の生協の創立にも深い関わりを持っている。イギリスのロッチディールを源流とする近代生協運動を範とする日本最初の生協が設立されたのは、1879(明治12)年7月の東京の「共立商社」であり、福澤諭吉門下の早矢仕有的(丸善創業者)が筆頭発起人であった。この年の12月には村山龍平(朝日新聞社主)の情報をもとに大阪でも、芝川又右衛門を筆頭発起人とする「大阪共立商店」が設立されている。関西最初の生協であった。
 維新直後の混乱期を経て、西南戦争後の日本経済を株式会社方式で進めるか、協同組合方式で進めるか試行錯誤していた時代であった。芝川は、五代友厚などとともに大阪商法会議所を創立し、さらに大阪商法講習所(現在の大阪市立大学)も創立した。大阪共立商店の役員は、商法会議所議員である大阪財界の有力者が名を連ねていたが、数年後、日本経済は株式会社主力の体制が整備され、大阪共立商店は廃業することになった。

 さて、千島土地は北加賀屋エリアでの芸術・文化活動が評価され、2011年に「メセナ大賞」を受賞している。しかし、関西の企業人にとって芸術・文化の擁護は特別のことではなく、千利休の茶道を擁護した堺商人など多くの事例がある。村山龍平の香雪美術館だけでなく芝川家にも多くの茶器の名品が蒐集されている。西洋美術の松方コレクションや東洋陶器の安宅コレクションも有名である。大阪や神戸には多くの財界人の個人美術館や博物館が存在している。今日の混迷の時代には、目先の利益だけではなく、人類全体の利益に貢献する遠大な視野も必要ではないか。老舗企業のメセナ活動にまだ学ぶべきことが多いと思われる。


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