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SMECアイ−診断士の視点−ESSAY

労働力不足と年収のカベ
                               中小企業診断士  TM

 コロナ禍と労働力不足

ようやくコロナ禍も収束が見えてきて、経済活動も正常化に向かって進んでいきそうな今日この頃であるが、中小企業にとっては頭の痛い問題も顕在化してきた。「労働力不足」である。
 コロナ禍により、飲食店やサービス業で休業要請や時短営業が求められたことにより、多くのパートタイマーやアルバイトが職を離れたが、コロナ禍がおさまってきても、彼らがなかなか戻ってこないのである。元々、近年は少子高齢化が加速し、労働力人口が減少していく状況であったが、コロナ禍の3年間により、若者をはじめとして働くことに対する価値観が大きく変化してしまった。以前から変化の兆しはあったものの、コロナ禍という過酷な状況を経て、テレワークや副業の拡大などが一般的になったことも大きく影響しているように感じている。
 
 年収のカベ問題

そのような中、労働力不足への対応策の一つとして、岸田首相は「年収のカベ」問題の解消に向けて制度を見直す考えを示した。「年収のカベ」とは、所得税や社会保険の扶養から外れる年収の水準のことであり、所得税は年収103万円、社会保険は勤務先の従業員数によって106万円または130万円となっている。主婦などのパートタイマーは、年収のカベを超えてしまうと、所得税や社会保険料の発生により手取り収入が減ってしまうのを防ぐために労働時間を減らす動きをするが、これ自体は長年言われてきたことである。しかし、近年は最低賃金が着実に上昇していることに加え、物価高により賃上げの機運が高まったことを背景にパートタイマーの賃上げを行う企業も増えている。皮肉にもこのことが労働時間調整をさらに加速させることにつながり、ひいては「労働力不足」をも加速させる要因になっている。岸田首相としては、この年収のカベ問題を放置するわけにはいかないと思ったのかもしれない。

岸田首相案の問題点

 ところが、その解消への方向性がおかしい。まだ案の段階とのことだが、報道によると、政府が企業に助成金を出すということである(時限措置)。助成措置の対象者は、結婚して配偶者の扶養に入っている人で、年収106万円を超えて働いた場合に生じる社会保険料の本人負担分を企業が肩代わりし、その企業に政府が助成金を出すという仕組みのようだ。なお、130万円のカベの方はこの措置の適用はないとのことで、実質的にはカベを130万円に戻すようなイメージである。
 この案には大きな問題がある。政府はこれまで社会保険の適用範囲の拡大に取り組んできたが、まさにこれに逆行する。確かにこの案だと、対象となるパートタイマーは一時的には労働時間を増やすかもしれないが、今後の賃上げや時限措置が終了した後のことを考えると、根本的には何も解決していない。

 年収のカベ解消の方向性

私が考える解消への方向性は全く逆であり、社会保険料負担が発生する年収のカベをもっと低くすべきだと思っている。社会保険財政も苦しい中で、扶養とされる水準を引き下げていくことはやむをえないと思うし、年収のカベを下げることで、労働時間調整はなくなっていくと考える。
 企業、とりわけ中小企業によっては、社会保険の会社負担分が発生するパートタイマーが増えるので、短期的にはコスト増というマイナス面が顕在化するが、中長期的には、「労働力の確保による安定した事業活動」というプラスの効果の方が大きいと考える。労働力確保という問題が今後ますます重要になっていくことが予想される中では、岸田首相の案には首をひねらざるを得ない。



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