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SMECアイ−診断士の視点−ESSAY

有吉弘行氏のイノベーションと撤退戦略
                                    摩虎羅大将

毒舌の有吉弘行氏が嫌われない理由

 近頃、お笑い芸人の有吉弘行氏の番組が非常に増えて、人気があります。
 彼の芸風は、出会った芸能人に、面と向かって、悪口に近いあだ名をつけたり、辛口なコメントを言ったりと、サディスティックです。普通、それだけでは、笑いは起きても、本人が、視聴者や出演者に嫌われて、このように、継続して売れることはありません。
 彼の強みは、明石家さんまやSMAPのような、かっこいい男でもないにもかかわらず、視聴者にも、芸人にも、非常に好感度が高く、愛されているという点です。
 お笑い芸人の才能は、「いかに笑わせるか」にあると思われがちですが、実は、「いかに好かれているか」が大きくベースにあるのです。
 彼が憎めない理由、彼が愛されている理由は、彼には、独特の、だれにも真似のできない、奇跡的な経験と、苦労があることです。

有吉弘行氏の奇跡的な経歴

 彼は199420才で、森脇和成氏と「猿岩石」というお笑いコンビを結成しました。無名のまま、1996TVの電波少年の「ユーラシア大陸横断ヒッチハイク」という、その後大ヒットとなる、ヒッチハイク企画の第1弾に抜擢されました。
 有吉氏の無計画さ、破天荒さで、旅はスリル満点の劇的な展開となり、10月にゴールした猿岩石は、一躍、人気者になりました。これが、有吉氏の1つ目の奇跡です。しかし、番組のヒットは、企画を考えたプロデューサーの実力です。その後も、別のコンビのチャレンジに引き継がれていき、猿岩石は、そこで消えるはずでした。
 ところが12月に発売されたCD「白い雲のように」は、今度は、森脇氏の甘い歌声が功を奏し、あの「猿岩石」は「歌もうまい」ことが話題を呼んで、大ヒットとなりました。これが有吉氏にとって、2つ目の奇跡です。

パートナー森脇氏の撤退戦略

 その後、猿岩石が「一発屋」としておちぶれていったことは、皆様の思うとおりです。お笑い芸人としての、才能があって選ばれたわけでもなく、経験も浅かったため、バラエティー番組に出ても、それほど面白くなく、すぐにネタは尽きました。「ユーラシア大陸横断ヒッチハイク」に感動していた応援してあげたい気持ちを持っている多数の視聴者も、してあげられることはなにもありませんでした。
 その後、森脇氏は芸人をやめて、塗装業に就きます。これが、正しい撤退戦略です。1つの人生で3回も奇跡は起こらない。これはセオリーです。
  これに対して、有吉氏は芸人を続ける道を選びます。一度、人気者になって甘い汁の味を覚えた者が、落ちぶれた中で、傷ついたプライドをコントロールしながら、再ブレークを目指す日々の苦しさは、彼自身も「地獄」と表現しています。
 このような芸能人が、自らをコントロールできなくなって、3040才で死んでしまうことだってよくあるニュースです。

有吉弘行氏のイノベーション

 しかし有吉氏は努力を続け、実力をつけて、3度、登場してきました。
 ブレークのきっかけは、雨上がり決死隊のアメトークというお笑い番組でした。芸人に番組の企画を公募し、公開プレゼンさせる、という企画で「一発屋芸人」という企画で応募して、出演のきっかけを作りました。その中で、出会った芸能人に、面と向かって、悪口に近い、あだ名をつける、という芸風を編み出しました。
 有名芸能人やアイドルにあだ名や、辛口コメント、毒舌を吐く。これ自体は、面白くても、普通は、場に嫌な空気が流れます。このような、上から目線は、視聴者にも、出演者にも、鼻につくからです。一時のもてはやされた野村沙知代女史が、叩かれてあまりでなくなったのも、この理由です。
 ところが、有吉氏に対しては、「ユーラシア大陸横断ヒッチハイク」の時からの親心的な感情、「今頃、落ちぶれて、傷ついて、酒に飲まれて死んでんじゃないか?かわいそうに。」的な同情が、視聴者にも、事情を知っている芸人仲間にもあるので、上から目線の嫌みがないのです。多少のことを、有吉氏が言っても、有吉氏が人一倍苦労していることをみんなが知っているので、「有吉が頑張って、突っ込んでるんだから。有吉が死なないためならいいじゃないか」的なやさしさで、許されてしまい、好感度が下がらないのです。これは、このような奇跡的な経験と、苦労をしてきた有吉氏だけが持つ、大きなアドバンテージなのです。
 今の有吉氏はこのことをしっかり感じて、今の芸風を選択しています(この芸風になる前は、ダチョウ倶楽部の上島竜兵や出川哲朗のようなリアクション芸人を目指していました。)。
 落ちぶれた時の苦労を、資源として、だからこそ、毒舌を吐いても、嫌味なく笑いが取れる。これが有吉氏のお笑いのイノベーションです。
 そして、今、さらに「わざと他人をすべらせる」「他人の得意ギャグを封じる」など新しい笑いを次々と生んでいます。今回の有吉氏は、ついに、お笑いの実力を備えて登場してきたのです。

有吉弘行氏の最大の奇跡

 最初はただの偶然でスポットライトを浴びた有吉氏に、10数年の時を経て、実力が備わる、というこのことが、お笑い界の常識を覆す、有吉氏の3つ目の、最大の、奇跡であり、夢であり、希望なのです。そして、このストーリー自体が、有吉氏が愛される最も大きな理由なのです。
 落ちぶれたことをリスク回避の撤退戦略の判断材料とした森脇氏か、落ちぶれた時の苦労を資源としてイノベーションを起こした有吉氏か。
 リスクと闘い続ける企業経営者にとって、撤退戦略の難しさを、さらに深める、猿岩石の対照的な二人です。



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